新作の製作過程や、日常での出来事など、
天野 年員さんが京都から
近況を届けてくれています。
2024.10.01 「張力」による楽器の変化とは?天野さんの最新投稿です!
今回は長期的な音の変化の原因を挙げてみましょう。弦の張力で徐々に生じる楽器の変形です。弦の張力に負けない造形という意味で、バイオリンほどよくできた弦楽器は他にないと思います。それでも50年100年と長い年月とともに徐々に変形してしまいます。私たちバイオリン職人は立体のゆがみを見る訓練を重ねていますので、古いバイオリンを手にしたときに、変形によってずいぶん音も変わったんだろうなと想像するのです。ネックの元起きも少しずつ進みますし、他にもいろいろ。例えば魂柱はやがて長さが足りなくなります。これは魂柱が縮んだのではなく、板や箱が変形した結果です。試しに表板や裏板の魂柱の立っている辺りを指でなぞって観察してみましょう。少し膨らんでるはずです。奏者の皆さまも、バイオリンにはこういった小さな物理的変化があちこちに生じていることを頭に入れておいてください。そうすれば音が変化するということは何かしら物理的変化が生じているはずだ、と論理的に考えられるはずです。「弾き込めば…」のような言葉に引っ張られないように。 (天野年員)
2024.06.22 湿度が気になる今の時期、天野さんからのアドバイスです!
以前コラムで(日々感じる音の変化の原因はまたの機会に)と約束しましたので、その一つ湿度による音の変化を取り上げてみましょう。楽器をとりまく湿度の変化は、気候や演奏環境が変わるかぎり避けようがありません。湿度の高い季節になるとおそらく多くの方は湿ったおかきを連想し、バイオリンも似た感じになっていると思われているのではないでしょうか。すこし専門的な話になりますが、音に最も影響を及ぼしているのは、ネック角度の変化だと私は考えています。夏と冬で弦高が変化していることにお気づきの方、それです。特に楽器が大きくなると変化量も大きいので、チェロやバス奏者の方はご存じのはずです。修理でネックを外して付け直す作業を何度も経験していくと、ネック角度のわずかな違いが音に大きく変化をもたらすことが実感できます。私は「湿ったおかき」による音の変化はそれほど大きくないと考えています。ちなみに弦の張力によるネックの元起きとちがって、湿度(気候)によるネック角度の変化は元に戻りますので心配いりません。そういう構造の楽器だと思って使いましょう。 (天野年員)
2024.04.16 「音色の変化」には注意が必要? 天野さんのアドバイスです。
中期的な音の変化、新作バイオリンによくある実例を挙げてみましょう。新作バイオリンはニスが柔らかく、厚めに塗られた個体も少なくありません。そのせいで駒の位置がずれているものがよく見られます。弦の張力は駒を直下方向に押しておらず、また4本の弦の張力も均一ではありません。一番細いE線の張力が最も強いのはご存じですか。柔らかいニスでできた軟弱地盤の上に立った駒は、弦の圧力を受けて写真の矢印方向にニスを押し潰しながら移動していくのです。ひどいものでは4~5ミリも動いてしまっているのに気付かず使われていた例もあります。その結果、駒は魂柱から遠のいてしまいますので、ぼやけた籠った音になることが多いです。駒の位置が0.5ミリも動けば音はかなり変化してしまいます。でも徐々に移動するので「弾き込めば…」を妄信していると、こういった好ましくない変化すら「音に丸みが出てきた」といって片付けてしまいかねません。新作だからこそ年に一回くらいは点検に出しましょう。 (天野年員)
2024.02.18 「木材の経年変化と音色の関係」…天野さんの考察はいかに?
それでは超長期的に音に変化をもたらす要因をお話ししましょう。それは経年による木質の変化です。ただし木質の変化が音に表れるにはじつに長い時間を要するので、50年を一単位くらいに考えたほうがよいでしょう。楽器を選ぶ際に「音が硬いけれど50年後は多少は柔らかい音になるかもしれないので、このバイオリンにしよう」「そうですね、300年くらいすれば変化がよく分かると思いますよ、楽しみですね」こんな会話はしませんよね。私の経験では100年前のバイオリンで硬い音の個体は珍しくない印象ですが、アマティやストラディバリの時代の楽器で硬い音の個体には出会った記憶はありません。ですので話の内容は冗談ではないのです。でも「購入して半年だけど、かなり音が柔らかくなった」という声を聞くことがあります。
はい、お答えしましょう。バイオリンには木材の経年変化だけでなく、音に影響を及ぼすいろいろな変化が生じているのです。次回は中期的な音の変化の原因を挙げていきましょう。
(天野年員)
2023.11.16 楽器の音響性能の変化とは?天野さんの考察はいかに!?
私は楽器の音響性能が短期間の弾き込みで変わったりしないと考えています(日々感じる音の変化の原因はまたの機会に)。
もし数分~数年でバイオリンの音響性能が良くなっていくのが本当だとすると、100年前のバイオリンで年数相応に弾き込まれていれば、進化の積み重ねが相当蓄積していて、新品とは比べ物にならない音響性能を持っているはずです。
でも、故障もしていないのに鳴らない古いバイオリンはたくさん存在するのです。辻褄が合いません。この現実をどう説明すればよいのでしょう。
これは私が多くの古い楽器と接してきて感じた率直な疑問であり、弾き込んでも楽器そのものはさほど変化しないのではないか、と考える出発点にもなりました。「バイオリンの出音が変化していくのは、奏者が奏法を工夫しているのが主な理由だ」そう提唱する根拠のひとつでもあります。ユーザーの皆さまも一度そのように考えてバイオリンの出音の変化を感じてみてください。「弾き込んで楽器が改善した」と考えるのではなく「求める音を出すのにどれだけ奏法に工夫を要したか」と考えることでその楽器の本質が見えてくるはずです。
次回は、本当に変わる!超長期的な音の変化についてお届けします。お楽しみに。
(天野年員)
2023.09.01 工房だより、9月は天野さんからスタートします♪
「バイオリンの音は弾き込めば良くなっていくんですか」答えは「はい」です。正確に言うと「出音がよくなっていく」です。出音=楽器単体の音、ではないところがポイントです。短期間でバイオリンの音が変化するように感じるのは、弾き込むことで奏者が楽器の音響特性を把握し、足りないところをカバーする弾き方を体得していくから、と以前のコラムで実例を挙げながら説明してきました。実際に出音は良くなっていくし、徐々に反応も良くなってくるように感じますので、それを「鳴ってきた」とか「楽器が目覚めた」といった表現をするのだと思います。そうです、鋭い人は10分も弾けば「楽器の目覚め」を感じるのです。次回はもう一歩踏み込んだ話をしたいと思います。 (天野年員)
2023.07.01 「工房だより」第一号は天野さんです!
「バイオリンの音は弾き込めば良くなっていくんですか」と問いかけられることは以前からありましたが、最近とくに頻度が増したように感じます。コラムでこの話題を取り上げたからかもしれませんね(バックナンバーをご覧ください)。「コラム面白かった」「読みましたよ」と嬉しい声もいただいています。ご好評にお応えして、これから8回連続で職人としての経験や知識を、普段工房で話しているまま書いていこうと思います。読者の皆さまには私より優れた聴覚やたくさんの経験をお持ちの方もいらっしゃるでしょうから、異なるご意見があって当然だと思います。あくまで私の経験に基づいた、いち職人の考えにすぎませんので、間違いだと感じても寛容な気持ちで読んでいただければ幸いです。毎回、擬人化したバイオリン君にコメントを添えてもらいます。 (天野年員)
2023.04.01 天野さんより、弦についてのコラムです!
近頃、次々と新銘柄の弦が発売されますね。皆さんは何をお使いですか。私の工房ではドミナントをよく使います。理由は私の好みというわけではなく、誰もが一度は使ったことがある弦だからです。これは楽器の選定や試奏の際に、その楽器の素の性能を知るうえで有効です。弦の性能で盛られていない安心感があるのです。ドミナントが標準弦だなんてことは言いませんが、いろいろ試しているうちにどの銘柄が良いのかわからなくなってきた、そんな時にも試してはどうでしょう。「これで十分じゃないか」と思うかもしれませんよ。また、比較的買いやすい価格なので「これで十分なんだ」を前提に使い続けて攻略するのもいいと思います。 (天野年員)
2023.02.01 「弾き込めば、より音が鳴る?」天野年員さんのまとめです。
4回連続で「弾き込めば鳴る」を私の視点で掘り下げてみました。そもそも満点の性能のバイオリンは存在しないので、奏者は手にした楽器の不足部分に対して、工夫しながら向き合うことになるでしょう。でも、わざわざ鳴らない楽器を買ってゴシゴシやるのは、かつての腕立て100回やうさぎ跳びの発想と似たものを感じます。スポーツ用品のようにとまでは言いませんが、弦楽器の世界でも目的や結果に対し真っすぐで、使いやすい道具選びが広がることを願っています。何を信じるかは自由ですが、せめて楽器を選ぶときは「弾き込めば鳴る」ではなく「弾き込めば慣れる」くらいに考えてみてください。安易な希望的観測をしないことが大切だと思います。 (天野年員)
2022.11.21 通説「弾き込むとより音が鳴る?」 天野年員さんの考察です。
前回の「弾き込めば鳴る」の続きです。工房では奏者自身に試奏してもらい調整作業を行っています。調弦のときは響きの少ない細い音のバイオリンが、曲を弾くと嘘のように豊かに響き、さすが上級者!調整いらないじゃないですか、と思うときがあります。でもよく観察すると強めの弓圧で音量を補い、多めのビブラートで響きを巧みに演出されています。奏者が楽器に慣れてこういった操作が自然に出来るようになることを「弾き込めば鳴る」と言うのでしょう。どんな楽器でも上手い人が弾けば良い音がしますが、減衰振動の撥弦楽器より弓を使って持続音を出す擦弦楽器のほうが顕著に感じます。それは、弓が弦に触れている間は音を操作できるからです。 (天野年員)